もてまん
手にした携帯が突然鳴り出す。
(このメロディ、ラ・ビアン・ローズ?)
繁徳は千鶴子に携帯を手渡した。
「はい、もしもし。
あぁ、今、繁徳が来てくれてるから……
分かったよ」
(短い会話。千鶴子さんらしい)
千鶴子は、電話では必要最低限のことしか話さない。
「増田さん?」
「あぁ、今日のステージ、キャンセルになったから早く帰るって」
「じゃ、僕、そろそろ帰ろうかな」
繁徳は増田と千鶴子の二人の時間をできるだけ邪魔したくないと思っていた。
二人に残された時間は、恐らくそう長くはない。
「嗚呼、ありがとうね、毎日」
「俺も、なんか千鶴子さんの顔見ないと落ち着かないしさ」
千鶴子は、繁徳の目にも、今にも消えてしまいそうに儚く映っていた。
「試験、頑張るんだよ」
「わかってる。死ぬ気で頑張ってる。
じゃ、おやすみなさい」
繁徳は上着を羽織りながら立ち上がった。
「おやすみ……」
千鶴子は力なく左手を少し上げると、手のひらを軽く振った。
子供の時にやった、キラキラ星のおゆうぎみたいに。
(俺も携帯買うかな……)
残された時間、少しでも千鶴子と沢山の繋がりを持っていたかった。
『おはよう』や『おやすみ』や『お昼食べた?』の一言でも、繁徳が何時も千鶴子を思っている気持ちを伝えたいと思ったのだ。
街灯に照らされた大通り、
繁徳は星の見えない冷たい冬の夜空を、星を探して仰ぎ見た。
(神様、まだ千鶴子さんを連れていかないで……)