もてまん
「あら、お二人お揃いで、いらっしゃい」
綾が声を掛けてきた。
その傍らには、背の高い痩せた男性が寄り添っている。
千鶴子が倒れた後、時折、綾が金曜のステージに立つようになった。
オペラは無理でも、ポップスやシャンソン、ジャズなんかは問題なく声が出る。
綾も、そんな歌う自分が好きになったらしい。
(あんなに上手いんだ、司会するだけじゃ勿体ないよな)
彼はそんな綾のステージを見て、彼女に一目ぼれしたんだそうだ。
(綾さんの歌が心に響いたんだな、きっと)
「今日は父がジャズに挑戦するのよ、聞いた?」
「はい、増田さんから」
「父にとっては、凄く勇気のいることだと思うの。
千鶴子さんがいらした頃は、どんなに勧められてもジャスだけは弾かなかった。
『指が痛む』とかなんとか言っちゃってね」
「おじ様、吹っ切れちゃったのかもね」
舞がクスッと笑った。
「まあ、ゆっくり聴いていってね。
あたしも一曲、父の伴奏で歌うし、ね」
綾は、隣に立つ男性に優しく微笑みかけた。