もてまん
それがある晩のことさ、あたしが店で歌ってるとね、入り口に大きな人影が見えた。

あたしゃ気になってね。

フランス人ってのは割合小柄で、そうそう大きな人はいないのさ。

で、その人影が席を探してステージの方に歩いて来た。

最初はね、あたしゃそれがフランシスだって分からなかったんだよ。

昼間とあんまり身なりが違ってたからね。

朝の市では、汚れたシャツで、汗まみれだろ。

目の前の大男は、小奇麗に髪をなでつけて、洒落たジャケットを羽織ったジェントルマンさ。

その男は、片手にショットグラスを持って、ステージから二つ目あたりの席に静かに座った。

そして、テーブルに肘をつくと、大きな身体を前に乗り出すようにして、歌ってるあたしの目をじっと覗き込んだ。

あたしは、そのブルーグレーの深い瞳に見つめられて、やっとその男がフランシスだって分かったのさ。
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