もてまん
あたしは歌いながら、なんで今、こんな夜中に彼がここにいるのかって考えてた。
市場の仕事はさ、朝が早いだろう。
だからこんな夜遅くに、彼がこの店に来るはずはなかったのさ。
その上、その夜はもう閉店間近で、夜中の一時を回っていたしね。
あたしに会いにきたんじゃないかって?
そうなんだよ、信じられないことにね。
あたしが最後の曲を歌い終えると、彼はテーブルに置いたバーボンのストレートを一気に飲み干して、ピアノの方へ歩いて来た。
そして、太くて低い声でね、
『最後の曲に間に合って良かった。
この店を見つけるのにサントノレ通りのキャバレを何軒も覗いたんだ』
って言って、昼間見たこともない笑顔で笑ったのさ。
あたしゃ、きっと真っ赤になってたね。
すっかり気持ちが舞い上がって、ありがとうの一言も言えなかった。