もてまん
舞
繁徳の通う城西予備校は、駅裏線路沿いのビルの中にあった。
浪人するにあたり、繁徳は進学実績の良い、家から遠い予備校に通うことも考えた。
が、通う時間が無駄だし、朝も早起きする必要がある。
折角手にした自由な時間、繁徳はこの時間を有効に使いたかったのだ。
バイトもしてみたいし、将来についてゆっくり考える時間が欲しかった。
いや、それより何より、同じ高校の舞がこの予備校にしたと聞いて、繁徳は即座にこの予備校に決めたのだ。
繁徳と舞とは特別な関係ではなかった。
クラスも一緒になったことはないし、話もろくにしたこともなかった。
舞は吹奏学部で、繁徳はバスケ部で、だから時々体育館の練習ですれ違ったり、たまに顔を合わせる程度の、そんな顔見知り。
たった一度、繁徳は大太鼓の台を運んでいる舞を手伝ったことがあった。
吹奏楽部は男子が少ない。
だから練習の準備とか、片付けとか、そんな力仕事も女子が率先してやる必要があったのだ。
ある時、小さな身体で重そうに台を運ぶ舞に手を貸して、
『ありがとう』
と一言、笑顔でお礼を言われて……
(可愛いな……)
その笑顔に繁徳は惚れたのだ。
それ以来、密かに思いを寄せている。