もてまん

「フフッ……分かってるわよそんなこと。

何か食べる?」


そう言うと、幸子は新聞を半分に畳み、台所へ立った。


「あ、うん」


テーブルの上を見ると、皿が二枚とコーヒーカップが二揃え。

父正徳と幸子が食事を済ませた後だ。


「父さん、今日も仕事?」


対面カウンター越しに、繁徳は幸子に問いかけた。


「そう……でも、どうだかね」


幸子の突き放したような答えが返ってきて、繁徳は驚いた。


「えっ、それどういう意味さ?」


何気なく聞き返した言葉に、

「家にいたくないだけじゃないかって、母さん、最近そう思うのよ」


繁徳は幸子の言葉に耳を疑った。



繁徳は、今のこの家に漂っている不穏な空気は、自分の浪人が原因だと思っていた。

あの真面目な正徳が浮気するなどとは、想像さえしたことがなかったのだ。
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