もてまん
思い出話 ジャック
繁徳は大通りの坂を上がって、花屋の店先で足を止めた。
(また買ってくか……このあいだ、あんなに喜んでたもんな)
店先には、ピンクや黄色、オレンジと結構いろんな種類のミニブーケが並んでいる。
(やっぱ、これだろ)
キキョウの花。
千鶴子が青紫と表現したその花を、繁徳は手に取った。
繁徳には、その微妙な色の違いなどわかる筈もなかったが、それが千鶴子にとって特別な花であると感じたのだ。
繁徳はキキョウのブーケを手に、マンションのエントランスをくぐる。
目指すは、六〇一号室。
「はい」
ボタンを押したその先から、かしこまった声が聞こえた。
「あっ、僕です」
「あぁ、坊やだね。今開けるよ」
千鶴子の精気あふれる声に安堵して、繁徳はエレベータホールへと足を踏み入れた。