もてまん
「フランシスと別れた後、あたしの歌は劇的に変わったのさ。
良い意味で、歌に深みが出たっていうのかね。
あたし自身、やっと自分の歌が歌えてるって手ごたえがあった。
次第に店の客層も変わっていってた。
あたしの出る日は、夜早い内から客足が途絶えることなく満席になった。
見るからに上客が多くなって、スーツ姿の客が増えていった。
そして、ある晩、マスターがあたしにこう言ったのさ。
『俺もここで三十年ほど店をやってるが、こういう変化があった時が一度だけあった。そろそろ、あんたともお別れだな』ってね。
あたしゃ、その時は、それがどういう意味だか分からなかった。
『お別れ……』だなんて、なんだか寂しいこと言うな、くらいな気持ちで聞いてたのさ。
マスターがそう言ってからほどなくね、スーツ姿の客のひとりがあたしに声をかけてきた。
『レコード出す気はないか?』って。
そう、デビューってやつだよ。
彼はジャック・オルフセン。
シャンソン専門の小さなレコード会社のプロデューサーだったのさ。