もてまん
「あたしはフランシスのことがあるだろ?
繁さん一筋って感じにならないよう、自分を律していたっていうか、前にも増して仕事に打ち込んでいた。
でもね、不思議と寂しくはなかった。
何故だろうね、繁さんがいるってだけで安心していられたのさ。
繁さんはね、二人でいるといつも、千鶴子と一緒にここに来れて良かった、この絵が見れて良かったって、何にでもすぐに感謝してた。
彼はフランシスと違ってインテリだろ?
色んなことを知っててね、芸術のことも、歌だけじゃなく、絵や建築やら何やらね、彼と一緒にいるとホント楽しかった。
あたしはフランスに来てこのかた、ルーブル美術館にさえ足を運んだことがない、お昇りさんだったからね」
「……」
「自分のことと、歌うことで手一杯だったのさ」
千鶴子は遠くを見つめる。
「繁さんはいつも笑って、
『千鶴子、この世界には美しいものが沢山ある。
一つでも二つでも多く、君と一緒に体験できるといいね』って言ってくれてた」
千鶴子は繁との幸せな想い出に浸っているように見えた。
「式には繁さんのお姉さんは来なかったんですか?」
繁徳の問いかけに、千鶴子の表情が現実に引き戻される。
「手紙では知らせたんだけどね、お子さんもまだ小さかったし、家庭もあるし無理だったんだよ」
「残念でしたね」
繁徳は月並みな慰めの言葉が、今更意味をなさないことに気まずさを覚えた。