マジック・エンジェルほたる
 セーラは冷たいラプテフ海のような言葉を彼女に言った。蛍は反発して顔をあげて声を荒げ、
「ち、ちょっと!何よ、何よ、そんな言い方しなくてもいいっしょ?!…もおっ。あたしだってねぇ、いっぱいいっぱい…いい所あるんだから。…そりゃあ、あんまり頭はよくないかも知んないけどさぁ。顔だって、スタイルだってものすごくいいんだから!」蛍は続けようとして、フイ、に下を向いた。そして、「それに…それに…」と震える声でいったっきり、沈黙した。こぶしをぎゅっとこわれそうなくらい握った。震えた。
 涙が目を刺激した。蛍はなんとか両手で止めようとしたが無駄だった。みるみるうちに大粒のきらきらとした透明な涙が頬をつたわって、ゆっくりゆっくりフローリングにポタポタと落ちていった。全身が悲しさで小刻みに震えた。単にルックスだけ。…なんとなく顔やスタイルがいいけど頭はカラッポ…という「薄っぺら」な自分の存在。
 何もかもが情なくって、そんな自分自身でいることが悔しい。…もう人間なんてやめちゃいたい!そんな風に、蛍はしんと心の奥底で感じた。螢は小学生のときにイジメられた記憶を思い出した。あの時自分は泣いた。でも、昔のことだ。しかし、その自分の”トラウマ”に螢はわれながら驚くのであった。
「あ…あの…蛍ちゃん…」
 セーラは同情をこめて小声でいって、フウッと宙に浮いて、立ち尽くして泣いている蛍の顔まで近づいて、「ちょっと言い過ぎたわ。ごめんなさいね」と謝った。
「いいのよ…どうせ「頭の悪い」のは本当のことだから…私なんてさぁ…結局…あんまり生きている価値ないのよね…多分さ。…あぁ、こんなことなら生まれてくるんじゃなかったよ」
 セーラはしばらく黙ってから、「それは違うわ」と声を高めて言った。
「生まれてはいけない人間なんて一人もいないのよ。人は生まれるときに、ある種の運命的な使命を与えられるものなのよ!…それは人によって違うけれどもね。ある人は、命を救う「お医者さん」だったり、国を動かす「政治家」だったり、そしてやさしいやさしい「お母さん」だったり…。
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