[短]花びらが落ちる瞬間

苦い思い出のベンチに少しずつ近づく。

青く塗られた変哲もないベンチはあの時と同じまま。


水溜まりに浮かぶピンク色の絵の具。

ザワーッと吹いた春の冷たい風に目線を上げると、舞い踊る淡いピンク色の紙吹雪の向こう側。



「…美紀」

優しく私を呼ぶ声。


ドサッ…。

濡れた路面に持っていた鞄の落ちる音。


「…美紀。俺…まだ好きだわ美紀のこと。あの頃…擦れ違ってばかりで…。もう…駄目かなって思って…あの日…。
やっぱ追いかけて来てくれなくて…。
忘れられなくて…。
もう一度ここで出会いたくて…。
来てみたんだ…」


これは幻なのか…夢なのか…。


そう話す、伸ちゃんの真剣な眼差しがあった。


『ここで出会いたくて…』


今更…。

終わりを告げたのは自分なのに…。

どうやって受け入れられるって言うの?

…そんなこと信じられないよ。


「美紀…」


好きだった真剣な顔付きで見ないで…。

好きだったその声で呼ばないで…。


喉の奥に熱いものが込み上げ、冷たい何かが頬を伝う。


虫が良すぎるよ…今更。

ずるいよ…。


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