幻想
「よろしかったらどうぞ」

前方で若い女の子の声がした。

うつむき加減で歩いていた真也は、その華やかな声音に顔をあげた。

5、6メートル先で女の子がティッシュを配っている。

おそらくテレクラか何かだろう。

うちの娘よりずっと若い子が…と思うとやり切れない。

その、まだ高校生くらいと思われる少女は、熱心にティッシュ配りを続けていた。

そして。

ついに真也にも声がかけられた。

「よろしかったらどうぞ」

何度も繰り返した言葉。

今日一日だけでも、少女は何度この言葉を発したことだろう。

だから。

特別な感情が込められているはずはないのだ。

なのに。

真也は、自分の頬がかあっと赤くなるのが分かった。

なんだ、これは?

自分自身の感情に戸惑う。

胸がドキドキして止まらない。

まるで早鐘のよう。

どうしたって言うんだ。

こんな感覚は久しぶりだった。

そう、まるで思春期の頃のようだ。

一目惚れ?

馬鹿な。

真也はすぐさま頭の中で否定した。

相手は10代。俺はもうすぐ50だぞ。

それに…。
一目惚れとはちょっと違う気がする。

うまく説明出来ないけれど。

真也がいろいろ思っている間も、少女の黒い瞳は真也を捕らえたままだった。

我に返った真也は、その視線に射られたように再び固まった。

そんな真也を見て、少女がくすりと笑った。

「おじさん、疲れているのね」
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