幻想
真也はまっすぐ自分の部屋へ向かった。

「夕ご飯、テーブルに出しとくわね」

妻の声が追いかけて来た。

「ああ」

「私はちょっと出てくるから」

「分かった。気をつけて」

いつものお稽古ごとだ。

今日はヨガ?
それとも書道の日だったかな?

一人娘が独立したのは今から2年前。

それ以来妻との二人暮らしだが、一緒に食卓を囲むことはほとんどなくなった。

別に仲が悪い訳ではないのだ。

子育てを終えた妻は、今までの分を取り戻すかのように、自分の趣味に没頭して奔放している。

真也は、それ自体を咎めるつもりはない。

でも。

仕事一筋できた真也には、趣味と呼べるようなものがない。

妻の行動は、うらやましくもあり、寂しくもあるのだ。

俺をおいて行かないでくれよ。

時々真也はそう叫びたくなる。

バタン。

扉の閉まる音がした。

続いて鍵をしめるガチャガチャいう音。

出かけたらしい。

真也は押し入れを開けて、思い出のたくさん詰まった段ボールを引っ張り出した。
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