彼の元・彼女の元へ
海は穏やかだ…

波の音が眠気を誘う…

ミューの手料理ですっかり満腹になった私は次の欲求を求めるでもなく満たそうとしていた。

心地好く、程好く揺れる船上は地獄の口を開けていた同じ海の上とは到底思えない。

そして天使の様に美しい女…
『お前は既に死んでいるぞ、ここは天国だ』と言われても私は疑う事なく信じるだろう。

大事な事、何もかも忘れてこの空間に耽りたくなる。
「ユウ~」

ミューが誰かを呼んでいる。
声まで可愛らしく時に激しくも魅力的な子だ。

「ユーってば!寝ちゃたの?」

私の顔を覗き込むミュー。
「あ?ゴメン俺の事呼んでたの?」

「あのねぇ~ここには私とあなたしかいないでしょ?それともか、わい子ちゃんでも釣り上げて隠してるの?だったら船長の許可をとらなけりゃ…見つけ次第海に放り出すからね!」

「ハハ…こんな海の真ん中じゃ釣れても人魚くらいだろ?」

「釣りそう…」

「釣るか!てか人魚の様に美しい女性には助けられ美味しい食べ物までいただきまるで天国にいるようで御座ります…で、つきましては次は何を頂こうか思案しておったところでござります…。」

「なんで急に江戸時代のお方見たいな話し方なわけ?それよりなんで返事しないのよ!」

「え?あっゴメン!ほら俺ってアメリカナイズされてるからユー、があなた~って聞こえてさ、誰を呼んでんのかなぁ~みたいな!」

「つまんないし、ここには私とあなたしかいないってさっきも言ったけど?」

「そんなのわかんないだろ!いきなりアランドロンみたいな良い男が出てくるかもしれないし…」

「古~」

「って知ってんの?アランドロン!」

「知ってるわよ、『太陽がいっぱい』とか見たもん。今は情報化が進んでるからあんまり歳って関係ないかもよ?」

「うれしいねえ~」

「あ~また話が大幅にそれてる~いちいち話を膨らめないでくれる?アランドロンもアンポンタンも誰もいません!わたしとあなたしかいないの!わかった?」
「わかったけど…アンポンタンって…オヤジ臭っ!」
「また話をそらす~あなたにオヤジ扱いされたくないわよ!」

「なんだか楽しいな…」

「え?…う、うん」

なんでもない会話に心が踊る。
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