スキ
私と彼の間には、いつも猫1匹が通り抜けられるくらいのスペースがあって。

その間に吹く風は、冷たい……。



筆記用具を忘れた彼にシャーペンを貸したのが始まりだった。

席が決まっていないというのに、それ以来なぜかいつも隣に来て。

そのうち、シャーペンのお礼と言って、売店でヤキソバパンを買ってくれたんだ。

紅生姜が苦手と言うと、彼はパクッと赤い部分だけかじって『はい』って笑いながらパンを差し出した。

その笑顔がお日様のように温かくて。

間接キスになっちゃう……なんてドキドキする自分がいた。

お花見サークルなんてふざけたサークルに入った彼は、なぜだか私を無理矢理引っ張って行って。

でも私にはまだ、大学に入学したばかりで友達がいなかったから。

サークルに入ったお陰で、たくさん友達を作る事ができた。

彼の周りにはいつもたくさんの人がいて、みんな楽しそうに笑っていた。

彼は本当に周りを照らす太陽みたいな人で……。

彼がいて友達がいて、そんな毎日がこれからもずっと続くんだと、思ってたのに。

「……ダイスケ、頼むな」

彼はジーンズに擦り寄ってきた猫のダイスケの頭を撫でながら、私に言った。

「……うん」

今日から、ダイスケはうちの子になるんだ。

「お菓子ばっかりやって、お前みたいに太らせるなよ」

「……うん」

「……そこ、怒るとこだろ」

「……うん」

ごめん。今は、頷くしかできない。

やりたい事が見つかったから、大学をやめて東京に行くと聞いたのは、つい先月。

その時には手続きも全て終わらせていて、引き止める術も残されてなかった。

ううん。

誰が何と言おうと、彼を止められないし、止めちゃいけないんだ。

彼はいつも前を向いて、毎日を一生懸命生きている。

だから、私達よりも早くに将来が見えたんだ。

そんな彼に私ができる事は、笑って見送る事。

元気でね、頑張ってね、今までありがとって。

彼がくれた以上の笑顔を返してあげなきゃいけないんだ。

なのに……。

「本当に、行くの?」

もう出発は明日に迫っているというのに、聞いてしまう私。


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