黒の扉【短編集】
「おにぃちゃんの手、冷たいね。氷みたい。」

そう言って、少女は小さな手袋を片方、僕に差し出した。

『貸してくれるの?』

「うん!」

『…ありがとう。優しいんだね。』

「ふふっ。」

少女は、満足そうに笑った。

僕には、少女の笑顔が痛かった。何だか、後ろめたい気持ちになる。



夕方になり、雪は益々強まっていった。

口数の少なくなっていた少女が、ふいに口を開く。

「ママは…まだ遠い?」

『そうだね。』

僕は前を見ながら答えた。罪悪感と闘っていたのだ。
少女の顔なんて、まともに見られそうもない。


暫く歩くと、また、少女が口を開く。

「ねぇ。眠くなって来ちゃったよ…」

『もう少しだよ。』

そう言いながらも、僕は別の事を考えていた。

今ならまだ間に合う。
やっぱり戻った方がいい。
罪のない小さな命を、こんなに簡単に奪っていい筈なんて無いんだ。


僕が、少女の方を振り返ろうとした、その時。

繋いでいた少女の手が、するりと僕の手から抜けた。

―パサリ…

嫌な感覚がして振り返る。


「おにぃちゃ…ママは…?」


『もうすぐさ。』

僕の言葉を聞いた少女は、安心したように弱々しく微笑み、そして目を閉じた。



あぁ。

少女の火が消える。


僕は、心の中に渦巻く、得体の知れない物に押しつぶされそうになりながら、少女の最後を眺めていた。





もう戻れないのなら、
僕は僕の出来る事をしよう。







せめて

少女の願いを……


      *end*
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