忘れ物はここにある
零
もえぎが芽吹いた。
風も薫る、春の息吹が駆け抜ける春だ。
凍てつく冬を越えやってきた春に、人々は浮足立つ。
芽吹いた桜の花に関心が向く。
花より団子や酒に目が行く者もいれば、美しく咲き乱れる花に目を細める者もいる。
「今年も、綺麗に咲きましたね」
舞い散る桃色の花弁に、彼女の目元に刻まれたしわが濃くなった。
「ああ、綺麗だ」
杯を傾けて、彼はお気に入りの日本酒に口をつける。彼は既にほろ酔い気分で、体も少しばかりほてっていた。
「きれいだ……」
満開の桜の下に敷いたブルーシートの上、きっちり着こなした桜模様のついた着物。
ふと目にした彼女の笑顔がとても眩しかったので、彼は聳える大木に目を移した。散り行く花びらを眺めながら、また酒に口をつけた。
変わらない愛があればいい。
いつまでも互いに恋をしている。