しらたまがーるず
「お名前……聞いてもいいですか?」
上目遣いで見つめるポニーテールの少女。そういえばまだお互い名乗ってもいなかったっけ。
「笹沼謙吾。友達からはケンゴとかヌマケンとか呼ばれてたんだけど……まあ好きに呼んでいいよ」
差し出した手を一度引っ込めてから言うと、少女はなぜかそのすんだ瞳を輝かせる。
「やっぱり……私、笹沼さんに憧れて野球を始めたんですっ!」
そう言われた時、気がついた。
この子も俺のことを知ってたんだな……と。
俺は高校時代、この地元の高校で野球部に所属し、二年生の時からエースとして活躍していた。
二年生の時の夏大会では甲子園まで後一歩のところまで登りつめ、春のセンバツには惜しくも選ばれなかったものの、俺が三年生になる次の夏大会では甲子園確実とまで言われていたのだが、その年の五月、オーバーワークがたたって肘を痛めてしまった俺は突きつけられた診断結果に絶望し、甲子園も、ガキの頃から夢見てたプロへの道もすべて諦めて、普通に大学に進学して教員免許を取ったんだ。
「夏大会の前に怪我をしたって記事が地方新聞載ってて……とっても心配してたんです。まさかこんなところで会えるなんて、それに明日からは私達の先生になってくれるんですよね? 感激です!」
今の俺にとって、野球は苦い思い出でしかないのだけれど、少女の真っ直ぐな瞳を見てしまったら、とてもじゃないが、そんなことは言えない。
最後に漸く握手を交わして、『これから荷物の整理をしなくちゃいけないから』と、俺は逃げるようにその場を去った。