妖不在怪異譚〜唐傘お化け〜
…その後。
煉瓦作りの横浜の事務所に、羽根ペンを走らせる葉子の姿があった。
実家から戻ってきた彼女は、今までの落ち込みぶりが嘘のようで、次々とたまっていた仕事を片付けていく。
「奥様、それは私が…。」
言おうとした秘書に向かって、にこやかに笑いかける。
「いいのよ。今まで休んでいた分を取り戻さないとね。」
分厚い契約書に目を通したとき、
…ジリジリ。
事務所にある、電話のベルが鳴り響いた。
「はい、もしもし…。」
慌てて受話器を耳に当てた、彼女の顔がパッと明るくなる。
それは軍部からで、夫の無事を知らせる電話だった。
「ありがとうございます。」
受話器を元に戻しながら、彼女は壁に架けた白い日傘を見つめた…。
『日傘の貴婦人』終。