妖不在怪異譚〜唐傘お化け〜
雨傘の青年
その日は朝から雨だった。
…商社に入社して、はや三年。
外回りの営業をしている雄介にとって、雨ほど辛いものはない。
着ているスーツも肩が濡れ、買ったばかりの革靴も水浸しだ。
「あーあ、やんなっちゃうよな。ホント。」
ぼやきながら地下鉄を降り、歩道を歩いて会社へと向かう。
アタッシュケースが濡れないようにと、手にした雨傘でそれを隠した。
やがて両開きの自動ドアをくぐれば、大きなフロアーが見えてくる。
迷うことなくエレベーターへ向かい、慣れた手つきでその五階を押した。
…ウィーン。
駆け上がっていくボタン表示を見つめながら、彼は心の内で呟いた。
(いつも同じだ。)
受験戦争が終わり、苦しい就職難を乗り越えても、何一つ良いことはない。
いつもと同じ会社に通い、いつもと同じ会社に戻る。
働くようになれば、何かが変わると思ったが、生活は何も変わらない。
続く不景気の波も、雄介から沸き立つ何かを奪っていった。
「俺、このままじゃ駄目なような気がするな。」
ポツリと呟きながら、開いたドアから廊下へと歩く。
そして気づいたように、その青い雨傘を傘立ての中へ差し入れた。