妖不在怪異譚〜唐傘お化け〜
その雨傘が無くなっていたのに気づいたのは、タイムカードを押した後だった。
「あれ?。」
何度見ても、そこに差したはずの青い傘がない。
…ちきしょう、誰かが持っていってしまったのか。
思わず辺りを見渡したとき、
「あの、すみません。」
雄介へと声をかけてきた女性がいる。
見ればそれは会社の若い事務員であった。
…名前は伊藤早織。
今まで特に話したことはないが、背の高いスラリとした女性だ。
「何か…?。」
振り返った雄介の前に、彼女は青い雨傘を差し出した。
「…あの、ごめんなさい。これ、私の傘と間違えてしまって。」
それは確かに雄介が探していた雨傘であった。
「何だ、君が持っていったのか。」
彼は受け取ると、大切そうにそれを両手に抱える。
…その仕草を見て、早織はクスッと笑いかけた。
「大切にしてるのね、その傘。」
「え?。」
抱えたその傘の、柄の部分に指を差す。
「だって今どき、傘に名前を書いてる人なんて珍しいもの。」
「ああ、これ?。」
指摘されて彼は、少し顔色を赤くさせた。
「うちは母親が厳しかったんだ。何でも名前を書けってね。まあ、その名残かな。」