妖不在怪異譚〜唐傘お化け〜
引き戸を開けてみれば、まだ雨は降っている。
…空は暗く淀んだままだ。
彼は軒下に立てかけてあった、赤い番傘を手に取った。
女ものの派手な柄で、男の藤次には不釣り合い。
しかしこれには、彼の思い入れがある。
まだ江戸で右も左も解らない当初、やっとありついた仕事が、傘の張り替えであった。
その最初に作った傘を、雇い主から貰い受けたのである。
「思えば、あの頃はまだ楽しかったよな。」
呟きながら傘を広げて、破れ目を指でなぞる。
軽く目尻を抑えながら、冷たい雨の中へと歩き出そうとしたとき、
「てめえ、どういうつもりだ!。」
並ぶ柳の木の下から、男の怒鳴り声が響いてきた。
見ればガラの悪そうな二人の男が、互いに胸ぐらを掴んでいる。
…喧嘩だろうか。
いつもの藤次なら通り過ぎるところが、今日に限って仲裁の止めに入った。
「よう、お前たち。喧嘩なんて止さないかい。」
赤の他人であっても、いがみ合う姿を見たくなかったのである。
「そういうてめえこそ、何様のつもりだよ!。」
しかし二人は藤次に耳を傾けるどころか、ますます口調を荒げだした。
互いに一歩も譲らない様子だ。