妖不在怪異譚〜唐傘お化け〜

…ガツン。

そのとき、男の一人が藤次の後方に飛んだ。

「何しやがんだ、この野郎!。」

殴られた男は立ち上がると、懐から一本のドスを引き抜く。

これには藤次も驚き、ほろ酔いだった顔も一気に醒めた。

元は侍とはいえ、抜き身の刃物を人に向ける様を見たのは初めてである。

「お…おい、止めねえか。そんな物騒なものを。」

うわずりながら、後退りしようとしたとき、

…その足がぬかるみに滑った。

「うわっ。」

その声に驚いて外に飛び出た、蕎麦屋の主人が見たもの。

それはドスが胸元に刺さったまま、川底へ転げていく藤次の姿だった…。


その後。

お米のいる長屋の障子を、勢いよく誰かが叩いた。

「お米さん、大変だ。大変だ!。」

慌てふためくその口調に、何事かとお米が開ければ、蕎麦屋の親父が立っている。

傘もささずにずぶ濡れで、全身から水の滴が垂れていた。

「一体どうしたんですの?。」

尋ねようとした彼女の声を待たずに、蕎麦屋は叫ぶ。

「藤次さんが喧嘩の巻き添えにあって刺されたんだ。」

「え?。」

目を丸くさせたお米へ、更に続ける。

「川へ落ちていったのを引き上げたんだが、もう助からないかもしれねえ。」
< 3 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop