妖不在怪異譚〜唐傘お化け〜
…ガツン。
そのとき、男の一人が藤次の後方に飛んだ。
「何しやがんだ、この野郎!。」
殴られた男は立ち上がると、懐から一本のドスを引き抜く。
これには藤次も驚き、ほろ酔いだった顔も一気に醒めた。
元は侍とはいえ、抜き身の刃物を人に向ける様を見たのは初めてである。
「お…おい、止めねえか。そんな物騒なものを。」
うわずりながら、後退りしようとしたとき、
…その足がぬかるみに滑った。
「うわっ。」
その声に驚いて外に飛び出た、蕎麦屋の主人が見たもの。
それはドスが胸元に刺さったまま、川底へ転げていく藤次の姿だった…。
その後。
お米のいる長屋の障子を、勢いよく誰かが叩いた。
「お米さん、大変だ。大変だ!。」
慌てふためくその口調に、何事かとお米が開ければ、蕎麦屋の親父が立っている。
傘もささずにずぶ濡れで、全身から水の滴が垂れていた。
「一体どうしたんですの?。」
尋ねようとした彼女の声を待たずに、蕎麦屋は叫ぶ。
「藤次さんが喧嘩の巻き添えにあって刺されたんだ。」
「え?。」
目を丸くさせたお米へ、更に続ける。
「川へ落ちていったのを引き上げたんだが、もう助からないかもしれねえ。」