妖不在怪異譚〜唐傘お化け〜
日傘の貴婦人
夏草の茂る坂道を、一人の女性が歩いていた。
白い日傘で顔を覆い、もう片手には紙にくるんだ、一房の花束を持っている。
…彼女の名は葉子。
横浜に事務所を構える、貿易商の社長夫人。
白いワンピースも高価な品で、日傘も舶来のものである。
…しかし、
その表情は暗く、晴れやかではなかった。
ヨーロッパで起こった世界的な戦争。
いわゆる『第一次大戦』の巻き添えで、
夫の乗っていた船が海上で、行方不明になっていたのだ。
八方手を尽くしたが、戦争中ゆえ軍部は何も知らせてはくれない。
…もう三ヶ月にもなるだろうか。
半ば諦めかけた葉子は、会社を秘書に託し、生まれ故郷であるこの静岡へ戻ってきた。
「ここまで来て、籠もっていてもしょうがないわね。」
気晴らしを兼ねて、墓参りへ来たのだが、今日はむせ返るような暑さである。
日差しも強く、木々の間から漏れる光すら目に眩しい。
…ミーン、ミーン。
やかましげに鳴くアブラゼミの声が、その石段に響き渡る。
「もう少し涼しくなってから、出かけたほうが良かったかしらね。」
一人呟きながら、彼女はレースのハンカチーフで首元を拭った。