記憶 ―夢幻の森―
また風が過ぎる。
『――…警戒せんで大丈夫じゃよ?こっちじゃ、こっち…――』
声が聞こえる方へと、風上へと歩を進める。
低い、男性の声だった。
木々の合間の、腰ほどにある草をかき分けて前へ進む。
やはり、周囲に人影はない。
『…わしは、ここじゃよ――?』
……?
彼の言い方からして、もう近くにいるのだろうが、それらしき人物は見当たらない。
目の前には、
木々の中に混ざる1本の大木が光を増している。
…それだけだ。
「……どこだ!?」
俺は周囲に聞こえるよう大声を張り上げた。
――ザァッ…
『…だから、ここじゃって…』
「――!?」
返事はすぐ近かった。
……この樹…?
まさか、そんな…
俺は半信半疑で大木を見つめた。
『…そうじゃ、わしは今お前さんが見つめている大木じゃよ…』
さわさわ…と、
葉を揺らし、緑色の光を俺に降らせながら彼は優しく言う。
『…何かお困りか?少年。』
何が起ころうと驚かない、
驚かない…
自分で先程決めた事を復唱し、心を落ち着けた。
「…こ…ここでは、樹も話が出来るのか…?あ…失礼だったら、すまない。今ここへ迷い込んだばかりで…」