記憶 ―夢幻の森―
『…いいのよ。優しい子ね…』
樹は優しく葉を揺らす。
どうやら女性らしい。
『あれは、花たちが霧を浴びて長年かけて集めた露。蜜と露が混じり合い出来た水…』
「ほぅ…」
『美味しいらしいわよ。少し飲んでみたらいいわ…』
「…いや…、大事なものなんじゃないか?」
俺は躊躇って樹を見上げた。
樹はくすくすと笑う。
『貴方、この森が何だか知ってる?人間の棲む地と、妖精が棲む地を分け隔てる“迷いの森”。』
「迷いの森…?」
『そう…。森の主に会ったでしょう…?』
…森の…主…?
あの、じぃさんの事か。
『彼に認められなければ、貴方はここには辿り着けてはいないの。だから、貴方は良い人間…』
…俺が、
良い人間…?
何を…。
俺は、罪を犯した。
罪を犯しても尚『良い人間』など、笑える。
「俺は良い人間じゃない…」
この汚れた俺が、この場にいてはいけない気がして、この美しい汚れなき場に似つかわしくない気がして、目を伏せた。
『あら、優しい良い子よ…?』
樹は、そうさわさわと俺に緑の光を降らせた。
それは、
知らないから…
俺の過去を、知らないから…
俺は唇を噛んだ。