気まぐれ猫
 「久しぶりだね。って言っても覚えてないかな。病院じゃいつも夕と一緒にいたからね」
 お兄さんはあの頃を思い出して、楽しそうに笑った。
「にしても大きくなったね」
「もう高一ですから」
「そっか……。もうそんなになるか」
 時間の経過を惜しむように、お兄さんは言った。
 その横で猫は黙って座っている。
 しばらく、三人とも、何も話さずに黙っていた。なんだか喋っちゃいけない気がした。
「お兄ちゃん!」
 三人で気まずく座っていると、後ろのドアが勢いよく開き、子ども達が猫のお兄さんめがけて走ってきた。
「お前達。また小児病棟抜けて来たのか?」
 お兄さんが親しげに子ども達と話している。
「小児病棟の子ども達だよ。いつもああやって抜け出しては兄貴のとこに来るんだ」 猫が親切にも、この状況の説明をしてくれた。
「そうなんだ」
 子どもたちと遊んでいるお兄さんは全然病気なんかに見えなかった。
「お兄さん、何の病気?」
「病気っていうか、気管支が弱いんだ。寒いのも駄目だし、運動もできない。すぐに発作がおきるから」
「そっか」
 俺は楽しそうに笑うお兄さんを見ながら、静かに言った。
「あっ、それじゃ俺帰るわ」
 そう言って俺は病室を出ようてした。
 出る間際、猫が俺を呼び止めた。
「あんたの飼い猫になる気はないよ」
 怪しく笑ってそう言い、猫はお兄さんの所へと戻っていった。
 ―俺達の呼び方を知っていたのか……
 俺は西日の当たる道を一人で帰った。
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