気まぐれ猫
 病院の中は学校よりもずっと涼しかった。
 毎日来ているため、看護師さんとも顔見知りになった。
「今日もお兄さんのお見舞い?」
「はい」
「そう。あんまり騒いじゃだめだからね」「はい」
 看護師さんと軽く挨拶をすると俺はお兄さんの病室に行った。
 病室の中は窓が開けられていて、そこから生ぬるい風が吹いていた。
 お兄さんはベッドから起き、その窓から外を眺めていた。耳にイヤフォンを付けていた。音楽を聴いていて俺が入ってきたのに気付いていないらしい。
 俺はお兄さんの肩を軽く叩いた。
「お兄さん」
 するとお兄さんはゆっくりこっちを振り向いて、優しく笑った。その笑った顔がいつかの猫の笑顔に似ていて、兄弟だから当たり前なのだが、びっくりした。
「来てたんだ。ごめんね、気付かなくて」「いえ」
 お兄さんはベッドへ戻ろうとしない。
「外に何かあるんですか?」
「いや、何もないよ。ただ、夏の風景が好きなんだ。緑も鮮やかだし、日差しもキラキラしてる」
 そう言ったお兄さんの顔を見ながら、俺は猫の話を思い出した。
 ー死ぬために生きてるんだ
「……あっ、そうだ。今日は三崎、遅れてくるそうです」
 俺はなんだか辛くなって、話を逸らした。
「そっか」
 お兄さんはやっとベッドに戻った。
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