気まぐれ猫
 小一時間ほど経ってから猫がやっときた。
「結構遅かったな」
「夕。もしかして……補習?」
「……っ!」
 猫が顔を真っ赤にした。
「まっ、夕はあの高校にはいれただけでも奇跡に近いからね」
「そうなんですか!?」
「そうだよ。夕は昔からスポーツは素晴らしく出来たけど勉強はからっきしでね」
「兄貴!」
「もしかして筋肉ば―」
 最後まで言う前に頭に衝撃がはしった。「いって!」
「夕。そんなんじゃモテないよ」
「うるさい!」
 そう怒鳴ると猫はどこかへ行ってしまった。
「ありがとう」
 猫が出て行くとお兄さんが俺に言った。「あんなに感情を表に出す夕璃を久々に見たよ。きっと優希くんのおかげだよ」
「俺は何にも……。いつも怒らせてばっかりだし」
 お兄さんは首を横に振った。
「知ってる?夕はね、僕の前では笑ったことしかないんだ」
 俺にはそのことが信じられなくて、ついお兄さんを凝視してしまった。
「優希くんの前では違うみたいだね。でも僕の前ではそうなんだ。泣きたいことだってあったはずなのにね」
 お兄さんは悲しそうに笑った。
「だからあんな風に怒ったり呆れたり、大きな声で笑う夕を見られるようになったのがすごく嬉しいんだ」
 でも確かに、高校で猫を見たとき、今のような猫を想像できなかった。
「だからありがとう。これからも夕をよろしくね」
 俺は頷くことしかできなかった。
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