HEMLOCK‐ヘムロック‐
 界は仕方なく一番まともそうな靴下を履いて自室から出た。

 この興信所はビルのワンフロアを事務所と生活の為の部屋に分けており、界の部屋の斜向かいには資料室がある。


「盟ー! 今度俺の靴下も買っといて」


 界が資料室のドアを開けると、そこで忙しなく書類をまとめる妹と目が合った。合うなり彼女は眉をつり上げて、ツカツカと界に歩み寄る。


「界! 靴下は後でいいから、とりあえず早くネクタイ選んで締めて!! 依頼人9時に来ちゃうんだから」


 黒菱 盟(くろびし めい) 界の妹で、黒菱興信所の秘書。キチッと後ろでまとめた髪と知的なメガネでそうは見えないが、実はまだ20歳。必要に応じて探偵業もこなす、出来すぎた女性である。

 そんな才色兼備の彼女も今は慌ただしく入口の界の脇を通り抜け、今度は給仕室へ準備に行ってしまった。

 短めの髪をクシャクシャと掻きながら、界は面倒くさそうに自室へ戻る。


「ネクタイねー。これでいっか」


 迷う程数の無いネクタイを適当に選び、ぎこちなく結びながら、今度はドア一枚隔てた事務所の方へ向かった。
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