HEMLOCK‐ヘムロック‐
 隣で聞いていた別の男が口を挟む。それでも彼がアイリーンを見つめる目は真剣なものであった。


「もう決めたんだ。この子は私が面倒をみる」


 それからアイリーンはよく解らぬままにこの男の元で暮らす様になった。

しかし彼女にとっては珍しい事でも何でもなかった。
仕事でなかなか帰らない両親のせいで、施設や知人に預けられて暮らすのが当たり前。

 それでも段々と男の事で不思議に思う事が多くなった。


 男も彼女の両親と同じ様に留守にしている事が多かったので、アイリーンは学校から帰ると1人で広い家を探索していた。
 孤独では無いと言えば嘘だろう。
が、彼女の好奇心は寂しさで死んでしまうウサギとは違い、猫の様に自由で気ままだった。






「どうして“オルフェウス”なの?」


 男はその言葉に、夕食のステーキを切るナイフを落とした。
久方ぶりに家に帰った男とアイリーンの、とある夕食での会話だった。


「私はアフロディーテやペルセポネにはなれないってどういう事?」

「誰がそんな事言ったんだい?」


 男は目に見えて分かる程青ざめていた。対して、アイリーンの瞳はまっすぐに彼を射竦める。
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