HEMLOCK‐ヘムロック‐
「それでは、担当の者を呼んできますので少々お待ち下さい」
盟は席を立ち、資料室より更に奥の自室で待つ界を呼びに行った。
担当と言っても、もちろんこの興信所に探偵と呼べるのは界だけである。これは依頼人に人員不足を悟られないためのポーズなのだ。
そうとは知らず、依頼人の正也はどんな人物が自分の担当となるのかドキドキしながら待っていた。
彼にとって探偵に何かを依頼すると言う行為は人生で初めての経験だった。
「はじめまして」
ここ一番のキリッとした声と紳士的な態度で、界は橘の前に現れた。
アイロンがあてられた黒のスーツは、着ている者が実は穴あき靴下を履いているとはとても思えない。
普段滅多に着用される機会の無いネクタイも、逆に言えば真新しさがあり、まさしく完璧な好青年を演出している。
「今回橘様の担当をさせていただきます、所長の黒菱 界と申します」
依頼を任せる担当者として、正也にとって不足の無い人物に巡り会えた。
筈だった。
一張羅のアルマーニも、今日の為に磨いておいた革靴も、正也の目には入っていない。
全く違う別の理由が彼を驚愕させる。