ミモザの朽ち木
十三年前、大学在学中に私は比佐史の子を身ごもった。

妊娠したことを知るより前に、比佐史と結婚することをおぼろげに思い描いていたので、私は迷わず産むことを決心した。

生まれてくる子供の名前は、男の子でも女の子でも「ひかる」にしようと二人で決めた。

比佐史の「ひ」、流利子の「る」を取って、ひかる。


ところが、新しい人生の出発点に立つ私たちを待っていたのは、医者の無慈悲な宣告だった。

出産に伴い、母体がきわめて危険な状態におちいる。医者はそう言った。

私の子宮に先天的な欠陥があると発覚したのだった。


私は悩みに悩んだ。

おそらく、人生であれほど悩むことは二度と訪れないだろう。

どうしても産みたい。女としての普遍的な幸せを謳歌したい。


けれども結局、私は堕胎した。

どうしても、死の危険に立ち向かう決心がつかなかった。


あの時の選択は正しかったのだろうかと、今日まで何度も自分に問いかけてきた。

出産に危険が伴うのは当然のことで、私はただ、死の影に怖気づいて逃げ出しただけじゃないのか。

かけがえのない小さな命を摘み取った罪悪感。

その十字架の重みが消え去ることは、今日まで一日としてなかった。


そして今朝、存在するはずのない娘の姿を見て、私が最初に抱いた感情は、恐怖だった。

失われた小さな命との邂逅に、喜びを見出すことはできなかった。
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