僕らのままで

 しっかりしろよ、自分。 情けないぞ!!



「あのさ…」
「あのね…」



 僕と波流が口火を切ったのは、全く同時だった。


「あ…ごめんなさい」

 小さな声で、波流が言った。真っ赤に火照った頬は、まるで夕日を思わせる。


「いいよ。…先に喋って」
 僕は、順番を譲った。レディ・ファーストだ。

 波流は、何やら思い悩んでいる様子だった。右へ左へ、行ったり来たりする視線。浅い息遣い。


 やがて、彼女はおもむろに唇を開いた。


「苦しい…」


「え?」


「苦しいよ…」



 …えーと。
これはどういう意味なんだろう。

 僕が混乱していると、波流は激しく首を横に振った。今にも泣き出しそうな表情で。



「苦しいよ、涼クン…」



「は…波流…?」



「涼クンのせいで…私、おかしくなっちゃったよ…!!」



 叫ぶなり、彼女は僕の胸に飛び込んできた。

「わゎっ!!」

 僕は、焦った。

 波流が、何を言いたいのか全然わからない。

 こんな時、どうすればいいのか、僕は知らない!


 パニックを起こしかけた自分自身を、深呼吸して何とか落ち着かせた。


 波流は、僕の胸にしがみついたまま、じっとしている。

 彼女が、こんな感情的になるのは、初めてだ。



 僕は、恐る恐る波流の背中に腕を回した。



 細くて華奢な波流の背中。力を入れすぎたら、折れてしまいそうだ。


 ふわ、とレモングラスの香りがした。


 日だまりの匂い。



 僕の大好きな、波流の匂い───。


 そう。

僕が、伝えたいのは。

不甲斐ない僕が、それでもシッカリと伝えたいのは。


「波流…───」



 もう、迷わない。
自分の意志に、従うんだ。

「波流…───」


 波流が、細かく震えながら、顔を上げた。


 僕は、小さく息を吸った。


「好きだよ────」
< 21 / 26 >

この作品をシェア

pagetop