私に恋を教えてくれてありがとう【上】
そらの手中にある箱は、まだ埃にまみれていた。

「・・・

 そらちゃん。

 お母さんはそれ

 ・・・・・ どこも
 
 手をつけていないわ」






確かに全くそんな気配すらない。




むしろもう少し埃を払ってくれたら嬉しいと思った位だ。





淳一郎もなんだかいただけない感じの顔をしている。





テープが溶けて、そこにばっちり何かの足らしい黒光りしたものが見えたが目をつむった。





そらは、顕微鏡がここになくて良かったと思った。



母の顔つきは凛としていた。


今の私と同じ、強さを得た母親の顔つきだ。





「この中に」





母は一呼吸置いてから続けた。




「この中に、

 全部入ってる

 私のきれいなもの、汚いものも

 全部この中に入ってる」





いつもの可愛い母の声ではなく、

華子というひとりの女性の声に聞こえた。






「私はそらちゃんに

 自分のコンプレックスを押しつけていたの

 “隠し事”は私がしているから

  してほしくなかった




 私は

 そらちゃんを私みたいにしない様にしつつ、


 昔の自分を重ねて

 過ちを償おうとしていたんだと思う・・・。





 あなたを見て、自分に言ってた。





 こんな正直な子がこんな私から生まれたんだ

 “私は汚くなんてない”

 そう言い聞かせてた」






「でも、そのせいで そらは

 そらちゃんは・・・・





 簡単に不信感を抱いてしまうようになって

 ・・・・・




 それが、その箱がきっかけで

 わが身に降りかかってきたとき




 私はそらちゃんにまだ

 教えることがあるんだって気がつけた

 その箱のお陰なの」





母はそらの手元を愛おしげな眼差しで見た。

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