私に恋を教えてくれてありがとう【下】
「誓約書を書きなさい
そうすれば牧田夫人も
許すと言っていたわ」
滝瀬のねっとりとした甘い声で夢から覚めた様に
急に華子の視聴覚は感覚を取りもどし
不覚にもさきの思い出達が
バシバシと単発のフラッシュバックを繰り出し
華子の喉元と目がしらを焼いた。
どれ程自分は意識を飛ばしていたのか……
滝瀬の酔顔が華子を惨めにさせた。
俯く華子ににんまりと見入る滝瀬のもとにコーヒーの継ぎ足しがやってきた……
華子はやっと本来の我に返った。
先程彼女はなんと云ったか?
華子は蒼ざめ暫く瞬きを忘れた。
「……夫人?」
滝瀬の目は悦に耐えきれず垂れている。
「ええ、そうよ
奥様よ」
「最初は直接謝罪しに行ってもらおうと思ったのだけれど
考えてみれば酷なことですものね
こんなに若い女を夫人に見せることは……ねぇ」
がま女は黒目を縦に窄めどっと吐き出す。
「あなたも分かっているんでしょう?
自分が彼の“排泄所”だっていうこと。
夫人は言ってたわよ?
彼の母親と子供を引き取るのなら
別れてもいいって……
どう?」
ころころと高笑い調に話をずいずい進める滝瀬を
華子は虚ろな目でみることしかできなくなっていた。
のしかかる言葉達……
滝瀬の言った言葉が何度も何度もスローで繰り返される。
その度イメージが浮かぶのだ。
水銀の様なものが身体を蝕んでいく情景が。