私に恋を教えてくれてありがとう【下】
なんの虫の音だろうか

彼らは困惑した華子の心を楽しみ騒ぎまわる。


虫はうたう。


“お前は普通じゃない”


“ただの泥棒だ”


“地獄へ堕ちろ堕ちろ”


“いいきみだ”


「………………」


幻聴にすぎない事は勿論分かっている。



でもそう聞こえるのだ。


職場でも同じ。


誰も自分に話しかけてこないとき

決まって聞こえるし

隅のどこかから視線を感じる。


まぁそれは本当なのかもしれないけれども……。



100メートル。

されど100メートル。

この距離で華子は沢山のことをおもった。



右足、左足、右足、左足……



いつもとなんら変わらない歩くという動作に戒めを感じ


まるで死刑囚をおもわせ

足枷はこの若い女の足取りを重くさせる……


その先は



先刻“彼等”を置き去りにした筈の駐車場だった。






< 184 / 355 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop