私に恋を教えてくれてありがとう【下】
あまりにも大切にされていたためか

自然と不等号の口は自分に向いているものだと信じ込んでいた。


しかし

灰色の春風は現実を運んできた。



さっきまで瞼の奥で鮮やかに輝いていたものが一気に腐敗し

全身に押し進み

毛細血管がどす黒く変色し

あらゆる場所が脈打つのを

不気味な位感じ


フォークを持つ手が小刻みに揺れていた。


これはほんの刹那のことだった。


しかし長い時間瞬きを忘れていた様だった。



華子は百合を見たが視線はぶつからず


「……あ」


窓の外を遠い目で見る百合がレタスをくわえた口で言った。


不安定なそらは涙していた。



「気持ち悪い天気だね」


「うん……なんかいやだな」


本当に嫌だ。


華子は自分の中で

今まで細々とささやかに

咲いていた美しい花の花弁が

とめどなくとめどなく落ち

孤独な下水へ流されていくのを感じていた。


この空気を勘付かせまいと

平然を装おうとして

散乱していた視点をかたい瞬きで

取り戻し

百合へスイっと投げ

“やんなっちゃう”という感じに

肩をすくめて見せたが

重くのしかかる二文字が彼女の中を占拠していた。
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