私に恋を教えてくれてありがとう【下】
誰だか顔を見なくとも分かった。


「これはおはようございます

 大島先生。

 楽しいそうで羨ましいです

 んはははは!」



位置関係はこうだ。

華子と大島先生の間に

灰かぶりのドクターが二人を見合わせている。


大島先生は性格上

特に椅子から立ち上がるわけでもなく

軽く身をかがめた感じに会釈をした。


「あ、おはようございます」



華子は大島先生の素っ気ない言葉に腰を抜かしそうになって

隣の診察室の介助をしている
先輩に向かって“ズコッ”とこける様を見せ

笑った。



すると牧田は歯軋りをしながら

しわしわの白衣をばさっと翻し

事務の方へと去って行ってしまった。



大島先生は何も感じないらしく飄々として

「佐藤さん、お呼びしてください」


と、ボールペンをカチカチさせ
次の患者を呼び入れるよう催促した。


「!!はい!!」


笑顔で明るく返事をしたが

患者を呼び入れる声のトーンはさっきより下がってしまっていた。


夏の強い日差しのせいか

華子はじわっと汗をかき

検査結果を書きこみながらも

ちらちらと事務の方を意識していた。


先程の牧田の不自然にそびやかした後ろ姿が妙に焼きつき

自分の書いている文字が全て彼の名前に見えた。

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