私に恋を教えてくれてありがとう【下】
華子の頭の中は灰色のまま午前の診察は無事終わり

大島先生は12時になるなり

患者がいないことを確認し

几帳面にたたんだ白衣をメッセンジャーバックに詰め込んで

華子に挨拶しタイムカード目掛けて闊歩していった。


あの後牧田の姿を見ることはなかった。




「お疲れ様

 さっきのアイツやばくない?

 私もズッコケそうになったよ」


カウンターで針とチップなどの後片付けをしているところに

8つ年上の先輩で

いつも明るめで長い髪をきっちりとしたおだんごにしている花岡さんが

身をかがめちょっと頭を下げ

今日のハイライトを真似し

華子はへへっと笑った。





「本当ですよ。

 牧田先生はかなり先輩なんだから

 もっと謙ったりしておかないと

 変な患者送られてきそうです」

おお怖い、と両手をクロスさせ二の腕をさすって

ひそひそ顔を寄せ合った。


すると間の悪いことに

この二人の姿が

にっくき外来の師長のお眼鏡に止まったようだ。


華子の肩ほどの身長しかない

男勝りな素ッピンの師長は

二人の前を通りざま

タバコでやられた濁声を執拗に爆発させた。


「終わってんでしょ

 早く休憩いきなさい」



そう言い捨てて事務へと姿を消した。


この女のタバコの臭いを消すための石鹸の残り香は

その場の二人の雰囲気を悪くした他

華子に悪い影響を及ぼした。

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