私に恋を教えてくれてありがとう【下】
太陽の高度は拳骨ひとつ分下がっていた。


華子の気分は最悪で、いつもより額の脂が多く分泌されているのを感じた。


休憩中どんな楽しい話をしても牧田の背中は舌を吐いたかの様に思えたし

ちんちくりんで臭い師長は虎視眈眈と自分を見ている様な気がして

内臓に水銀がべったり張り付いている感覚だ。



華子は外来に居たくなかった。


少しでも離れることに頭を絞り、医局掃除をするといきり立って申し出た。


もう午後の外来は始まっていた。

本来は血液内科の介助につく予定なのだが

医局掃除をしに行く人は介助を抜け

両サイドの診察介助をしている人がそこをフォローする手はずになっている。


華子は医局に持っていく書類や
補充分のお茶などを両手に持ち
病院の最上階へと向かった。


荷物が多かったのでエレベーターを使おうと思ったが

なにぶん両手に大荷物がぶら下がっているのでボタンを押すのに手間取っていた。



そういうところに現われるのは運命なのだろうか……。


華子は誰かの影にのまれ
背後から大きな手がにゅっと出て“上”のボタンを押した。


華子は髪が乱れる程素早く背後を見た。



「……先生」





牧田は口をへの字にして何か言いたそうだったが少し口を動かしただけだった。





華子は目を細め口角を上げ
頬を可愛くピンクにしていたのに
気づいていなかった。


「大変そうだね

 持ちましょうか」


と、紳士ぶった牧田はやはりどこかふざけていた。



華子はますます頬を紅潮させ
花束を渡された女の子みたいな顔を見せた。



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