私に恋を教えてくれてありがとう【下】
華子は狭いビルの、地下への螺旋状の階段を
よっよっよ!と降りて店の籐(とう)の暖簾を潜ると
頬杖をして待ちぼうけしている彼が
深いこげ茶のカウンターに座っているのがすぐに分かった。
カウンターといっても掘りごたつ式になっていて、
イスは一人掛けの黒いソファのよう。
彼の目の前では、
茶色い粋な手ぬぐいをきつく頭に縛り付けた
濃い顔の若い男が
調子のよい煙を出させながら炭火焼きをしている。
「いらっしゃいませぃ!」
その濃い店員の掛け声を合図に
接客担当の若い女が華子に威勢よく詰め寄った。
華子が店員の案内を断ると、
その声で分かったのであろう
白石祐樹がこちらに振り向き
「おっと!久しぶり!」
と、中低音の明るい声で裏返りそうになったのを隠すように手を振った。
昔と変わらない黒縁眼鏡で、
額から短めの昆布でも貼り付けてるみたいに
ワックスを塗りたくり
一生懸命中わけにしている祐樹が
隣のソファを引いてくれた。
きっと昨日電話で個性的な人が好きだと縷々語ったからであろう。
変に個性を求めてしまっていた。
しかし、そんな髪型は華子好みなのだ。
華子は祐樹に微笑みかけ
「ありがとう、3年ぶりだね」
と言って鞄を狭いテーブルの下の棚に押し込めながら座った。
彼とは高校のとき以来なのだ。
今は一人上京して大学生をしているのだが
今日はわざわざ長い時間電車に揺られ
地元に帰ってきてくれたのだ。