愛のない世界
突然、男がポツリと言った。


「いつ死ぬかも分からないなら、楽しい想い出くらいあった方が、いつでも未練なく死ねる。今日、君とこうして出会えて良かった…。最後に、良い想い出が出来そうだ。ありがとう…」

男は前を見つめたまま、静かにグラスを傾け薄い水割りを一口飲んだ。


どんな顔で話していたのかは分からなかった。


淋しげな顔だったのか、微かに笑んでいたのか…


彩香には分からない、表情だった。


それでも彩香は、男の声を静かに聞いていた。


いや、聞いていたかった…


男の声とグラスに氷が当たる音。


彩香は、ただ静かに聞いていた。





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