夕凪の花嫁
桜が咲いている。



ただそれだけの事なのに、目が離せない。



ただ、花が咲くだけでそこは別空間。ここの空間だけがまるで切り取られてしまったような――そんな感じがした。



「…………」



夕凪は黙ったまま桜を見上げる。



時折吹く風が花を散らす。



「…………オレは、何かを忘れてしまったのか?それすら、覚えてないなんて最低だな……オレは」



何故か桜を見ていたらそんな自嘲的な言葉が出てきた。



「琥珀……」



夕凪が愛しいと初めて思った少女の名を呟いた時、突然背後から声がし振り返れば――紺碧の髪の整った顔立ちの青年と一瞬だけ目が合ったような気がした。



が、どうやらそれは夕凪の気のせいだったらしい。



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