夕凪の花嫁
琥珀姫が怒った顔も、悲しそうな顔も、夕凪は一度も見た事がない。



いつも笑っていた。



記憶の中の彼女はいつも笑顔で――夕凪の表情が歪んだその時、どこからともなく声がした。



『ゆう……ぎ……』



辺りを見回すが、天多と風花、自分しかそこにはいない。



いる、いや、あるとしたら――桜だけ。



『……夕凪、やっと声が届いた。君がここへ来るのを待ってた、ずっと。今、ここの国は瀕死の状態だから。いや違うな――もう、私に時間も力も残されてないから、待つしかなかった』

「待っていた……?おい、それはどういう意味だ。オレを知っているのか?」

『ここは悠久の空間。そして、風花の想いと記憶が繋がった場所。……琥珀姫を依然、ここへ連れてきたのは君だよ夕凪。美しい少女だったね、すべてが』

「……覚えてないぞ。オレの記憶の中には、そんな記憶残ってない」



記憶を辿っても、琥珀姫とここへ来た記憶自体がない。



なぜ桜が覚えてて、自分は覚えてないのか。



桜が静かに真実を告げた。



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