天使と私の物語 -「Dの物語」
第8章 - Human Nature
その日の課題も終わりに差し掛かった頃
彼はおもむろにテキストを閉じた
顔をあげて、そのままじっと私の眼を覗き込んできた
彼が時々見せるこのような表情に
どぎまぎしない女性などこの世の中にいるだろうか
「どうしたの?」
私は努めて冷静にふるまった
「ねぇ、ディー。恋ってどんなもの?」
下唇を前歯で軽く噛み
上目遣いにこちらの反応をうかがっている
私は背筋を伸ばした
「急に何を言い出すのかと思ったら」
あごをひいて軽くにらみかえすようなしぐさで応戦した
意外にも、彼はしかられた子犬のように肩をすくめ
所在なさげに左手をあごにあてた
その後も両頬を手で覆ったり
両手を組んだりはずしたり
落ち着かない様子だ
私はその様子をいつまでも眺めていたいと思った
そして実際にしばらくそうしていた
永遠に続いて欲しい時間を止めたのは彼だった
「僕は、どうやら恋をしているらしいんだ」
(知っているわ)
私の脳裏には
先日のパーティーでの光景が
スライドショウのように映し出された
「そう。それは素晴らしいことね。」
私は“冷静で知的な家庭教師”を演じる覚悟を決めた
「僕はたくさんの恋の歌を歌ってきた。たくさんね。でも、本当はよく分からないんだ。恋するってどういうことか」
小さくダンスするように身体を小さく震わせると
イヒヒヒ、という彼特有の笑い声を漏らした
まるで彼を包んでいる感情に
全身をくすぐられてでもいるかのように
(恋するって、そういうことよ)
彼は今、あのディーヴァを想っているに違いない
次の言葉が繋げない私などお構いなしに
彼は高揚した口調で語り続けた
「ディーもロマンティックな恋をして、そしてそれが成就して、神様からウィリアムを授かったんだよね」
「そうね‥」
そう。かつてはそんなこともあった
しかしそんな遠く淡い記憶は
酒を飲むたび手を上げた男との
醜く苦しい争いの記憶に上書きされていた
彼はおもむろにテキストを閉じた
顔をあげて、そのままじっと私の眼を覗き込んできた
彼が時々見せるこのような表情に
どぎまぎしない女性などこの世の中にいるだろうか
「どうしたの?」
私は努めて冷静にふるまった
「ねぇ、ディー。恋ってどんなもの?」
下唇を前歯で軽く噛み
上目遣いにこちらの反応をうかがっている
私は背筋を伸ばした
「急に何を言い出すのかと思ったら」
あごをひいて軽くにらみかえすようなしぐさで応戦した
意外にも、彼はしかられた子犬のように肩をすくめ
所在なさげに左手をあごにあてた
その後も両頬を手で覆ったり
両手を組んだりはずしたり
落ち着かない様子だ
私はその様子をいつまでも眺めていたいと思った
そして実際にしばらくそうしていた
永遠に続いて欲しい時間を止めたのは彼だった
「僕は、どうやら恋をしているらしいんだ」
(知っているわ)
私の脳裏には
先日のパーティーでの光景が
スライドショウのように映し出された
「そう。それは素晴らしいことね。」
私は“冷静で知的な家庭教師”を演じる覚悟を決めた
「僕はたくさんの恋の歌を歌ってきた。たくさんね。でも、本当はよく分からないんだ。恋するってどういうことか」
小さくダンスするように身体を小さく震わせると
イヒヒヒ、という彼特有の笑い声を漏らした
まるで彼を包んでいる感情に
全身をくすぐられてでもいるかのように
(恋するって、そういうことよ)
彼は今、あのディーヴァを想っているに違いない
次の言葉が繋げない私などお構いなしに
彼は高揚した口調で語り続けた
「ディーもロマンティックな恋をして、そしてそれが成就して、神様からウィリアムを授かったんだよね」
「そうね‥」
そう。かつてはそんなこともあった
しかしそんな遠く淡い記憶は
酒を飲むたび手を上げた男との
醜く苦しい争いの記憶に上書きされていた