天使と私の物語 -「Dの物語」

このくらいの年代の若者が良くやることだ

実際、大学で学生に告白されたり

急に抱きしめられてキスされたり

そんな経験は幾度かある


若者特有の衝動が起こす行動で

彼らに熟慮があってやってることではない


彼だって今日の外出が
いつもと違うシチュエーションであることに
興奮しているだけだ


そう分かっているのに

何故か心臓の鼓動が早鐘を打ち始める



彼は鼻唄を歌い出した


(ほらね)


案の定、何もなかったような顔をしている


“あのキスの意味は?”なんて

真面目に受け取る方がバカを見る


「贅沢なBGMね」

歌い続ける彼を横目に
車を走らせた



映画館までのドライブは順調だった


裏の従業員口から出てきた
粗末な中古車に誰も注意を払わない


この日のためにスモークフィルムを貼った助手席に

サングラスをして座っている彼に誰も気づかない


最初は緊張していた私も
次第に楽しくなってきた


今や車中は大カラオケ会場と化していた


様々なミュージシャンのヒットソングを
二人で競うように歌った


時に、彼が彼の歌を歌う時は

私は静かに聴衆として歌声を堪能した


「Aaow!♪」

合いの手を入れると

彼も嬉しそうな顔をした



そうこうするうちに
郊外の小さな映画館に着いた


わざと上映開始時刻を少し過ぎてから
暗い場内にうつむいて入場した


あらかじめリザーブしておいた
出入口に一番に近い席に腰を掛ける
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