白い鼓動灰色の微熱
周りには人は沢山いたが、傍で止まっている人間はいなかった。

もちろん父の姿もない。
 
父は、彩世がこうなることを恐れたかのように、あの家から、いや、彩世から逃げ出したのだ。

それっきり、何の音沙汰もなかった。
 
なのに、彩世の中に狂気を植えつけた張本人の父は、今、彩世の頭の中に入り込んできた。
 
いや、もうずっと、なりを潜めていただけかもしれない。
 
彩世が人を殺めるたびに、そいつは彩世の中で存在を確かなものにしていったのだ。
 
彩世は額に手の甲を押し当てて、目をぎゅっと閉じた。


『その子を家に誘うんだ』 


 嫌だ。

「ごめん、清香ちゃん」
 
言って、そこから離れようとした。
 
すると、何かに捕まった。
 
瞬間、彩世の頭の中から零れ落ちた父が、彩世のコートの裾を掴んだのかと思った。
 
心臓を鷲づかみにされた気がした。
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