白い鼓動灰色の微熱
「駄目だ。彼女を殺したくない」

 悲痛な声で叫んだ。すぐその後で、彩世の低い落ち着いた声が響いた。

「殺すのではない。彼女の手を彼女から自由にしてあげるだけだ。そうだろう?」

 涙が整った頬を後から後から伝い落ちて繰る。

その彩世を、もう一つの声は、なだめているようだった。

「殺れ、彩世」

優しかった父が時に豹変し、ヒステリックになったときの声だ、と彩世は思った。

父は、彩世を可愛がったが、同時に、人格が変わってわめきだす時も、そのひどい言葉や暴力は彩世だけに向けられた。

今、その声が、彩世に命令している。

泣きじゃくっていても、綺麗な顔の崩れない彩世の、背中を押す。

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