白い鼓動灰色の微熱
と、その手に暖かい塊が乗っかった。

父の手だった。

この状況に飽きて、どこかへ行ってしまったものだと思っていたのに。

『どこへ行くんだ?』

背中を向けていても、父が微笑んでいるのが分かった。

「外へ行かせて?」

 彩世は懇願した。

『駄目だよ。まだやらなきゃいけないことがあるだろう?』

 狂気を孕んでいるときの、いつもより優しい父の声。

「嫌だ」

『何だって?』

 初めて見せた彩世の反抗的な態度に、父の声に怒気がこもった。

「イヤだ」

 彩世の額に脂汗が伝った。

 父に逆らったらどうなるのか、彩世は知らないのだ。

 怖くて、逆らったことなどなかった。

父は、彩世の手に乗せた手に、力を込めた。そして、彩世の耳元に、ぞっとするような優しい声で、

「お父さんのいうコトを聞きなさい」

 囁いた。

 彩世の全身から、抗う力が抜けた。
< 225 / 243 >

この作品をシェア

pagetop